わたしは20代で最初の出産をして、
どっぷり子育てをしていました。
その頃は、女性性を閉じ
スカートを履いたりもしないし
身体のラインが隠れるふわっとした服ばかり選んでいました。
自分は母親だから
女性性を出しては、はしたないというような
何故かそういう刷り込みがあったんです。
「母である」という呪縛を
自分にかけていました。
だけど、仲が良さそうな
なんとなく夜もラブラブそうなご夫婦を見ると
疎ましく思っていました。
自分で閉じているくせに、
今思えばそれは本意ではなかったんです。
後になって分かってきたのは
自分のセクシュアリティから
目を逸らし 生きていくというのは
自分が苦しいということ。
本当は、どんな服を着れば
自分のセクシュアリティは満たされるのか?
本当は、どんな関係性を
パートナー(またはこれから出会うパートナー)と作り上げていきたいのか?
セクシュアリティというのは
そんな自分の本当の音を
強烈に教えてくれるサインでもあります✨
そのサインは
ザワザワ感やイライラ、怒り…
自分では好まないようなものだったりするから
避けたくなったりもする。
目を逸らし続ければ
自分の本音に気付けない。
自分の本音に気付けないのは
内なる自分が悲鳴を上げているのに
見て見ぬふりをして虐めているようなものです。
その壁は
人によってはとても厚いものかもしれないけれど
少しずつ一歩を踏み出すと
どんどん自分が満たされ
癒されていきます✨
性なくしては 生まれてこれなかった
命の源
自分のルーツ 根っこ
理屈じゃなく
私たちはそれをどこかで知っているんだよね
性から離れてはいけないこと
そこに本当の
生きる歓びがあることを🌸✨